【OVインタビュー】vol.1/鷹觜悠史さん(2017-1)
- 2025年9月1日
- 読了時間: 15分
更新日:1月29日

Gyebale ko!!
みなさま、こんにちは。
UGでは、ウガンダにかかわっている/かかわっていた方々にインタビューをしていきます。今回は、ウガンダOV会(JICA海外協力隊OBOG団体)の現会長であるケニアさん(本名:鷹觜悠史さん)です。
ケニアさんは、日本での教員生活を経て、JICA海外協力隊(2017年1次隊)の小学校教育隊員としてジンジャで活動されていました。現在は国連ボランティア(UNV)として、UN Woman バングラデシュで働かれています。本インタビューでは、ケニアさんが協力隊に応募したきっかけや協力隊時代の経験、現在のお仕事についてお話をお伺いしました。

――本日はどうぞよろしくお願いします。ケニアさんとお呼びしても大丈夫でしょうか?
よろしくお願いします。はい、大丈夫ですよ。
――ありがとうございます。ケニアさんと呼ばれている理由はなんですか?
高校生の時からのあだ名ですね。自分でも気にいっていて、海外ではケニアをもじって「ケニー」として大学院の授業でも使っていました。なので大学院の友達は未だにケニーと呼んでくれます(笑)
――ケニアさんが協力隊を目指したきっかけを教えてください。
大学時代から開発途上国に強い関心があって、スタディツアーでインドネシアに行ったり、タンザニアの難民キャンプを訪れたりした経験がありました。特にアフリカで活動してみたいという思いが強く「協力隊としてアフリカの子供たちに授業ができたら面白いのではないか」と考えるようになりました。
実際に協力隊に参加したのは29歳の時でした。「30歳になる前に挑戦したい」という気持ちもありましたし、日本の小学校の教員生活がとても忙しく、少し行き詰まりを感じていたことも背中を押しました。
――ケニアさんは協力隊としてどのような活動をしていましたか?
職種は小学校教育で、活動先はジンジャ県のワニャンゲという村の小学校でした。小学校では、算数や体育、図工、クラブ活動などの情操教育を担当しました。算数は特に高学年(5~7年生)向けに週20時間ほど教えていました。低学年だと英語があまり通じませんでしたが、休み時間などは一緒によく遊びました。みんな人懐っこかったですね。
算数の授業に慣れてからは、体育の授業にも取り組みました。現地の体育のカリキュラムがあるのですが、用具が不足していて授業がほとんど行われていませんでした。体育大会の直前だけ練習するというのが実情で、「体育=スポーツ」といった価値観が強かったです。そこで一緒にボールを作ったり、しながら、日常的に体育の授業を取り入れるようにしました。
――任期終了後はどのようなキャリアを歩んだのですか?
帰国後は、JICAの青年海外協力隊事務局(JICA青年海外協力隊事業を専門的に担当する部局)で国内協力員として働きました。当時は大学院留学を考えていたので、働きながら英語の勉強や奨学金取得に向けた準備をしていました。その頃、業務で協力隊OV会の担当をしており、ウガンダにはOV会がなかったので、「自分たちで立ち上げよう」と考えたのがOV会設立のきっかけでした。
その後、イギリスの大学院で「教育と国際開発」について学びました。大学院在学中はコロナ禍で、フルリモートで授業を受けました。修士論文は「ウガンダの農村部における公立小学校教育の初等教育修了の課題」についての事例研究を行い、6月にロンドンに渡航してからはほぼ缶詰状態で執筆していました(笑)
大学院を修了して2021年9月に帰国後、11月からJICAケニア事務所で企画調査員として2年間働きました。JICAの社会セクターで教育・児童保護とジェンダーを担当し、技術協力プロジェクトの企画立案と調整業務に従事しました。主に、高等教育機関の人材育成や能力強化のプロジェクトやジェンダーに基づく暴力(GBV)を撤廃するためのプロジェクト、コミュニティにおける児童や若年層向けの犯罪防止のプロジェクトの立ち上げなどに関わりました。プロジェクト開始前には現地政府と覚書締結の準備をJICA本部と連携して行い、専門家が派遣された際には一緒に政府機関を訪問するなど、現場と本部をつなぐ役割を担いました。
――現在のキャリアについて教えてください。
ケニア事務所での勤務を終えた後は、人道支援に関わりたい気持ちと、ジェンダーへの関心が高かったことから、国連ボランティア(UNV)に応募しました。現在は、UN Women(国連女性機関)のバングラデシュ・コックスバザール事務所でプログラムオフィサーとしてロヒンギャ避難民支援に関わる仕事をしています。主に難民キャンプ内およびホストコミュニティの「女性の経済的エンパワーメント」、いわゆる生計向上や経済的自立を支援しています。難民女性のエンパワーメント活動(教育や雇用を通じて女性が経済的・社会的に自立し、性別に基づく差別を乗り越える)を通じて直接支援に関わることができ、やりがいを感じています。
――具体的にはどのような活動をされていますか?
ロヒンギャ難民(ミャンマーから避難したイスラム系の少数民族)・及びホストコミュニティの女性の生計向上とジェンダー平等の推進するプロジェクトを担当しています。拠点は南東部のコックスバザールで、難民キャンプ内外に計8カ所ある「女性センター (MPWC)」を運営し、女性たちに生計向上とプロテクション(差別や暴力に対する予防および対応)のサービスを提供しています。キャンプ内外では宗教・文化的な側面もあり、女性の社会的地位が守られていないのが現状です。加えて、キャンプ内の多くの女性には職業訓練や識字教育の機会が必要とされており、そうした背景から、私たちは女性センターを設置して支援を行っています。
ロヒンギャ難民キャンプは全部で33に分かれていて、キャンプ間の移動は禁止されているため、それぞれのセンターはキャンプごとに拠点として機能しています。例えば、1つのキャンプAの人口が3万人だとすると、その約半数が女性です。キャンプA内のセンターには毎日およそ200人の女性がサービスを受けに訪れます。
センターが提供しているサービスは主に2つです。
1つ目は生計向上支援です。縫製や刺繍、料理などの職業訓練に加え、識字教育も行っています。文字を読めない女性が多いため、UNESCOやUNICEFとも連携しながら識字教育に取り組んでいます。
2つ目はジェンダーに基づく暴力(GBV)からの保護です。内容にもよりますが、DVなどのジェンダーに基づく暴力等の被害に遭った女性には、UNHCR(国連難民高等弁務官事務所)の支援により、パラリーガルが相談に応じ、法的支援を行います。また、UNFPA(国連人口基金)と連携して性と生殖に関する健康と権利(SRHR)の支援や、必要に応じて医療機関への紹介も行っています。さらに、難民キャンプといった閉ざされた生活環境で精神的に不調を抱える方も多いため、心理社会的カウンセリングのサービスも提供しています。

――職業訓練とは具体的にどのようなことをされているのですか?
ホストコミュニティでは、政府が作成したカリキュラムを使用し、難民キャンプ内では生計向上・技能開発セクター(LSDS)が作成したカリキュラムを用いて職業訓練を実施しています。縫製が得意な女性が多く、ジュート(南アジア地域で多く栽培されている天然繊維)を使った商品づくりなどを行っています。ちなみにキャンプの中ではUNHCR(国連難民高等弁務官事務所)も職業訓練を行っており、ユニクロとコラボして女性向けの生理用品作りなどを行っています。今年は日本政府の支援で女性センター内において、料理と裁縫の職業訓練が実施される予定です。
他方で、ロヒンギャ女性は学校教育を受けられておらず、支援の第一歩として基礎的な識字教育を行っています。UNESCOが開発した成人向け教育プログラム (AAL)を活用し、アルファベットや簡単な単語、1からの数字や足し算など、小学校低学年レベルの読み書き・計算を6カ月かけて学びます。この基礎を身につけたうえで職業訓練につなげるのが成功の流れです。
一方で生計向上支援に関しては大きな課題もあります。難民キャンプで作った製品は、政府の規制によりキャンプの外の市場で販売できません。そのため、キャンプの外にある市場との連携ができない難しさがあります。現在は「ボランティア手当」という仕組みで、キャンプ内での製品の売り上げではなく、トレーニングに参加した時間に応じて少額の報酬を支払う方法で支援を進めています。完璧な解決策ではありませんが、こうした形でUN Womanは女性の生計向上支援に貢献しています。
――少し角度のちがう質問ですが、どのように国連ボランティア(UNV)になれるのかを教えてもらえますか?
私はJOCV枠のUNV制度を活用しました。この制度はJICA協力隊事務局がJICA海外協力隊の経験者(JOCV経験者)を対象に国連ボランティア計画 (UNV)に派遣する制度です。JICAは毎年募集を出していて、JOCV経験者が採用される仕組みになっています。ちなみに、日本政府はロヒンギャ支援に戦略的に力を入れていて、各国連機関には毎年資金を拠出しています。他方で、JICAは国連ボランティア計画を通じて各国連機関に専門人材を派遣する形で支援を行っています。
私自身、国連ボランティアの応募当初はウガンダの難民居住区でのポストを希望しましたが、残念ながらポストがクローズされてしまいました。その後UNV事務局から「興味のあるポストがあれば応募してください」と言われ、現在のポストに応募しました。当初は南アジアに行くことは想定していませんでしたが、人道支援の分野で残っていた唯一のポストであり、さらにジェンダーに関わることができるため応募を決めました。

――実際やってみて、JOCVと国連ボランティアにはどのような違いがありますか?
国連ボランティアの仕事は「専門性」が強く求められます。そのため、まずは大学院に進学してから挑戦することをおすすめします。配属先にもよりますが、私の場合は、次の戦略を立てたり活動をレビューしたりする機会が多く、博士号を持った研究者や経験豊富なコンサルタントと一緒に仕事をします。専門的な知識がないと、議論に加わったり、研究レポートのレビューに関わることが難しかったりします。周囲がアカデミックで専門性を持った人ばかりなので、自分にも同じ水準が当然のように求められます。しかも特別な研修があるわけではなく、初日から即戦力として期待されるため、できる人には次々に仕事が任されますが、そうでなければ仕事は回ってこない。そういう厳しさのある現場です。
また、協力隊との違いは「職務記述書(TOR)」があることです。協力隊にも要請書はありますが、実際には派遣されてから一から活動計画を立てることもあります。その点、国連ボランティアは職務がはっきりしていて、それを果たすことを求められます。
また、国際情勢も大きく影響しています。たとえば今年に入りアメリカをはじめとする各国による予算カットの影響で、人道支援分野への拠出は縮小し、国連全体でプログラムに費やせる予算が削減されています。ロヒンギャ支援は人道支援のため各国(ドナー)の拠出資金に依存せざるを得ないため、予算削減の影響で一部のプログラムが縮小し、停止せざるを得ない状況にあります。支援ニーズが高まる一方で、提供できるサービスが限られてしまうという厳しい状況が続いています。
――今後はどのようなキャリアをお考えですか?
振り返ってみると、まず私は、協力隊での経験を通してウガンダの初等教育の教育機会の課題に強く関心を持ちました。政府は小学校教育の無償化を掲げているにもかかわらず、退学する子どもがいたり、授業料が徴収されていたりする現状がありました。協力隊終了後は、こうした課題を研究したいと考え、大学院進学を決意しました。
大学院での学びを終えた後は、一度実務経験を積むためにJICAケニア事務所で2年間勤務しました。開発分野の仕事では、人づくりや長期的な社会開発を見据えたプロジェクトが中心で、成果が目に見えるまでに長い年月がかかることもあります。開発途上国が経済発展を達成していくためには開発支援は重要なのですが、私は協力隊時代のようにもう少し現場や受益者に近い形への支援に関わりたいと考えるようになりました。
そこで選んだのが、人道支援や難民支援の分野です。もともと難民支援には強い関心があり、教育やジェンダーに関わってきた経験も活かせると考え、ロヒンギャ支援という現場に飛び込むことにしました。
そして、現在の仕事を通して強く感じているのは、「どの国際機関で働いているか」というよりも、「難民支援という現場に関わっている」ということの重要性です。各国際機関にはそれぞれに活動の使命(マンデート)があるわけですが(UN Womenの場合はジェンダー平等と女性のエンパワーメント)、現場での課題はある程度共通している部分もあります。そのため、難民支援の実務や考え方を深く理解したいと思い、オンラインの大学院で「難民と強制移民」について学び直しています。
開発支援と人道支援は本質的に異なります。開発支援は数年先のゴールを見据えて計画を立てる長期的な視点が求められます。一方、人道支援は「明日の食料がない」など、差し迫ったニーズに即応する現場の視点が中心です。協力隊の訓練所で「魚をあげるのではなく魚の釣り方を教える」と習いましたが、私が今取り組んでいる活動は「魚をあげる」支援に近く、どうすれば釣り方を教えられる支援に近づけるのか、日々試行錯誤しています。
これまでの経験を振り返ると、協力隊の経験や修士課程で学んだ「子どもの権利」や、UN Womenでの「女性の権利」の現場に触れる中で、権利の欠如に強いギャップを感じています。次のステップとしては、国際機関やJICAの中でも、より人権に焦点を当てた仕事に関わりたいと考えています。

――また少しお話が変わりますが、ウガンダのOV会についてもお話を聞かせてください。
協力隊事務局でいろんなOV会とやり取りしている中で、ふと「ウガンダにはOV会がないな」って気がつきました。隣国のタンザニアやケニアではOV会が活発に活動しているので、ウガンダにもあったらいいなと思い、じゃあ作ろうかということになりました。
当時は私が協力隊事務局にいたので、調整役になれそうだなと考えて、同期の何人かに声をかけたら「いいね、やろう!」と賛同してくれて、初期メンバー5~6人で活動を始めた感じです。設立は2020年ですね。
協力隊を終えてから数年が経つと、ウガンダへの関心を保つのは簡単ではありませんが、それでも今はウガンダや日本にいるOVの皆さんの支えもあって続けられています。OV会は、隊員を終えたばかりの方にとっては、いきなり先輩隊員の輪の中に入ることになり、ちょっとハードルが高いかもしれませんが、新しいメンバーは大歓迎ですので、関わりたいと思う方には、ぜひ参加してほしいです!
――ありがとうございます。そうですね、最近任期終了された先輩方もまだOV会に入ったという声は聞いてないんですよね。各隊次で1人ずつでもいれば、OV会に入りやすくなって、どんどん繋がっていくような気がします。記事にしっかり書いておきますね(笑)
ありがとうございます。今回のような現役隊員発のインタビュー企画は、おそらく初めてだと思います。現役隊員とつながる機会はあまりなかったので、すごく嬉しかったです。訓練所での事前説明で関わる機会はあったんですが、こうしてと企画として深くつながれるのは本当に初めてで、ありがたいなと思います。
――いい形にできるように、まだまだ始まったばかりですが頑張っていきます。最後に隊員へのメッセージや最後にお伝えしたいことは何かありますか?
そうですね、それぞれ立場によってできることって違うと思うんです。JICAでできることもあれば、UNVでしかできないこともあります。隊員は隊員でしか経験できないことがたくさんあって、特に現地コミュニティに入って直接声を聞くとか、そういう「受益者にに一番近い体験」は隊員にしかできません。
実際、国際協力の分野で働く人の中には、そういった経験をしていない人もいます。でも、開発関係や人道支援の仕事をする上では、受益者がどんな課題を抱えているかを自分で知っておくことがすごく大事なんですよね。それができるのが協力隊でした。地域や対象が異なっていても隊員時代のそうした経験が生きるのです。
だからこそ、協力隊の時期は大変で、理不尽なことや同僚と喧嘩があって「もう嫌だ」ってなる瞬間も多いと思います。しかし、そうした経験は隊員時代でしか学べない貴重なものですので、ぜひたくさん吸収していって欲しいです。今、私が国際協力の仕事をしているからこそ、そう強く感じるのかもしれません。それから休息もとても大切です。疲れた時は無理せず休み、リフレッシュしてから村や配属先での活動に戻ることが、長く充実した活動を続ける上では重要だと思います。
もう一つは、楽しむことです。真剣に取り組むことは大切ですが疲れてしまうこともありますし、自分のキャパには限界もあります。私自身も当時は一人で突っ走るタイプでしたが、他の隊員と一緒に活動したり、周りを巻き込んで企画したりすると大きな力になりました。アフリカのことわざ*にあるように、味方が多い方がやりたいことも実現しやすいので、ぜひ楽しみながら残りの時間を過ごしてほしいですね。
*fast alone, far togetherというアフリカのことわざを指す。「早く行きたければ一人で進め、遠くまで行きたければ皆で進め」という意味。
――私も楽しみながら活動していきたいと思います。
本日は貴重なお時間をいただきありがとうございました。
こちらこそありがとうございました。
インタビュー日:2025年8月3日
Profile

鷹觜 悠史(たかはし ゆうじ)
1987年東京都台東区生まれ
法政大学国際政治学科卒。小学校教諭を経て、2017年よりJICA海外協力隊派遣(ウガンダ・小学校教育)。任期終了後は、JICA青年海外協力隊事務局勤務を経て、ロンドン大学教育学研究所(UCL IOE)にて「教育と国際開発学」で修士号を取得。JICAケニア事務所勤務を経て、現在はUNV(国連ボランティア)として、UN Womenバングラデシュ事務所に勤務し、ロヒンギャ難民の支援に従事。難民支援の活動と並行して、オンラインでロンドン大学高等研究学院(SAS)の「難民と強制移民学」の修士課程に在籍中。
より詳しく知りたい方は、下記の記事を参照ください。(外部サイト)
UN Volunteer HP
ロータリー財団奨学金 HP
JICA海外協力隊 HP
ケニアさんが過去に行っていたクラウドファンディングのページ
インタビューアー:JICA海外協力隊 三宅(2024年2次隊コミュニティ開発)
ファシリテーター:ウガンダOV会 鰐淵(2015年1次隊食用作物・稲作栽培)
編集協力:JICA海外協力隊 北川(2024年2次隊コミュニティ開発)






コメント