top of page

【OVインタビュー】vol.2/川島綾香さん(2017-3)

  • 2月12日
  • 読了時間: 7分

 

 ウガンダ、ブルンジ。アフリカの複数の現場を行き来しながら、人びとの「自立」に向き合い続けているのが川島綾香さんです。青年海外協力隊としてウガンダの農村部に暮らした2年間を経て、現在は国際NPO「テラ・ルネッサンス」の職員として、農業や生計向上を軸とした事業のマネジメントを担っています。本記事では、川島さんのこれまでの歩みをたどりながら、協力隊経験が現在の仕事にどのようにつながっているのか、そしてこれからの人生やキャリアをどのように考えているのかについて、お話を伺いました。

 

 

●協力隊までの道のり

 川島さんが青年海外協力隊としてウガンダに派遣されたのは、2018年から2020年にかけての2年間です。派遣先はウガンダ中部のブタンバラ県で、職種は当時「水の防衛隊」と呼ばれていたコミュニティ開発分野でした。


 しかし、協力隊への道のりは決して平坦なものではありませんでした。大学卒業後すぐに協力隊へ応募したものの、不合格。その後、一般企業への就職活動も経験しましたが、「会社に就職した場合、協力隊に行けるのはいつになるのだろう」という疑問が常につきまとい、なかなか気持ちが定まりませんでした。


 そこで川島さんは、いったんNPOでのアルバイトという形で国際協力の現場に近い場所に身を置くことを選びます。現在勤務しているテラ・ルネッサンスで、当時はフェローシップと呼ばれていた職員とインターンの中間的な立場で働きながら、児童館でのアルバイトや生活費を稼ぐための仕事も並行して行いました。「協力隊に使えそうな経験を、とにかく積もうと思っていました」と当時を振り返ります。


 その後も挑戦は続き、2度目の応募も不合格。諦めずに3度目の応募でようやく合格を果たし、大学卒業から約1年半後に念願の協力隊派遣が実現しました。


隊員時代に生計向上支援として行っていたペットボトル収集
隊員時代に生計向上支援として行っていたペットボトル収集

●国際協力への関心の原点

 川島さんが国際協力に関心を持つようになったきっかけは、中学・高校時代にさかのぼります。一つ目のきっかけは、高校の世界史の授業でした。難民が雪の下で凍えている映像を見たとき、「なぜ自分が生きている世界と、テレビに映る世界はこんなにも違うのだろう」と強い違和感と好奇心を抱いたといいます。

 

 もう一つの大きなきっかけが、高校の修学旅行で訪れたJICA地球ひろばでした。そこで出会ったのが、青年海外協力隊としてアフリカで活動した経験を語る元隊員です。「卓球を教えていました」と楽しそうに話す姿を見て、「卓球でできるなら、自分にも何かできるはず」と感じたことが、協力隊への憧れにつながりました。

 

 当時は明確な問題意識や専門性があったわけではなく、「協力隊ってかっこいい」「楽しそう」という、いわば直感的な動機だったと川島さんは振り返ります。しかし、その素直な憧れが、後の進路選択を大きく方向づけることになりました。

 

●水と暮らしに向き合った協力隊時代

 

 ブタンバラ県での活動の大きなテーマは、安全な水へのアクセス改善でした。川島さんは現地で暮らす中で、二つの課題が絡み合っていることに気づきます。一つは、井戸が壊れていても修理するためのお金がないこと。もう一つは、修理を担う仕組みや動機がなく、井戸が壊れたまま放置されてしまうことでした。

 

 1年目の川島さんは、「水の問題を解決するためには、修理費用などをまかなうためにも、まず人びとの収入が安定する必要があるのではないか」と考え、生計向上活動に力を入れます。クラフト制作、石けん作り、トマトソース作り、そして農業廃棄物を活用したリサイクル炭「ブリケット」作りなど、他の隊員の事例も参考にしながら、考えられることは一通り試しました。


石鹸づくりの様子
石鹸づくりの様子

 

 結果として大きな収益事業には育ちませんでしたが、「形にならなかったことも含めて、すべてが学びでした」と川島さんは語ります。特にブリケット作りは、その後も現地の人が家庭用に作り続けるなど、一定の広がりを見せました。

 

 2年目には、同期隊員が開発を進めていた井戸管理の仕組み「SUNDA」に参画します。新しい井戸を掘るのではなく、「すでにある水源をどう持続的に使うか」という発想に共感したことがきっかけでした。エンジニアとともに試行錯誤を重ね、現場で使える仕組みを模索した1年でした。

 

 川島さんは当時を振り返り、「協力隊は、現地に行ってしまえばこっちのものだと思っていました。現地の人の迷惑にならず、受け入れてもらえることなら、何でもやってみようという気持ちでした」と話します。

 

 ブリケットづくりの様子


●「村人」として生きた経験がもたらしたもの

 

 協力隊経験の中で、川島さんが最も価値を感じているのは、「村人としてコミュニティの中に住めたこと」です。ボランティアであり、外国人であり、同時に一住民でもあるという複数の立場を行き来しながら生活する経験は、協力隊ならではのものでした。

 

 現在、川島さんはプロジェクトマネージャーとして、事業の立案から実施、報告までを担っています。提案書や報告書を作成する際、最終的には紙の上で判断を下さなければならない場面も多くあります。そのときに支えとなっているのが、協力隊時代に培われた生活感覚です。

 

 「例えば現金給付を考えるとき、その村の人たちがどのようにお金を使うかを具体的に想像できます。すべて現金で渡す場合、生活必需品ではなくお酒やおしゃれにお金が使われることもあるので、メリット・デメリットを踏まえて地に足のついた判断ができるのは、村人として暮らした経験があるからだと思います」と川島さんは語ります。


井戸のメンテナンスに関する会議の様子
井戸のメンテナンスに関する会議の様子

●NPO職員として、再びアフリカへ

 

 協力隊終了後、川島さんは一度ビジネスの世界にも挑戦しました。アフリカでソーラーランタンを販売する企業でのインターンや、日本の大手企業での営業職を経験します。しかし、「この仕事に自分の人生を賭けられるか」と自問した結果、答えは否定的でした。

 

 その後、2021年にテラ・ルネッサンスへ正式に就職。現在はウガンダ北東部のカラモジャ地域とブルンジの二つの事業を担当しています。ブルンジではブリケット製作や洋裁、小規模商店の職業訓練を、カラモジャでは貯水池を活用した灌漑農業と野菜栽培を推進しています。

 

 特にカラモジャは半乾燥地帯で、農業ができない「飢餓の季節」が毎年訪れる地域です。水を確保し、乾季にも作物を育てられる仕組みづくりは、人びとの命と暮らしに直結する重要な取り組みです。川島さんは約150世帯の農家とともに、現場での調整やスタッフとの連携を続けています。

  

テラ・ルネッサンスのスタッフとのコミュニケーション
テラ・ルネッサンスのスタッフとのコミュニケーション

●正解を決めない、生き方とキャリア観

 

 今後のキャリアや人生について、川島さんは「明確な答えはありません」と率直に語ります。20代は興味のあることをできる限り試し、その中で「自分は現場で働くNPOが一番しっくりくる」と気づいたといいます。

 最近は、仕事だけでなく、パートナーシップや私生活についても考えるようになりました。「これまで一人でやりたいことをやり切ったからこそ、これからは誰かと一緒に見える景色にも興味があります」と語る一方で、具体的な計画よりも、自分がワクワクできているかどうかを大切にしたいといいます。

 「死ぬときに、楽しかった思い出がたくさん思い浮かぶ人生でありたい」。その価値観が、今後の川島さんの選択の軸となっています。


 

●協力隊員へのメッセージ

 

 最後に、川島さんは現役の協力隊員に向けて、次のようなメッセージを送ってくれました。

 

「何も成果を求められず、ただ『そこにいていい』と言われる時間は、人生の中でも本当に貴重です。もやもやすることもあると思いますが、この時間をぜひ味わってほしいです」

 

 頑張りすぎず、自分がエネルギーを出せること、好きなことを大切にすること。その積み重ねが、後から必ず自分の力になると川島さんは語ります。

 

 現場で問い続けてきた川島綾香さん。その言葉と歩みは、国際協力の現場に立つ人びとだけでなく、自分なりの生き方を模索する多くの人に響いています。


 

 インタビュー日:2025年11月

 


Profile


川島 綾香(かわしま あやか)

1993年高知県生まれ

NPOでのインターンを経て、2017年よりJICA海外協力隊。任期終了後は、一般企業を経て、現在は認定NPO法人 テラ・ルネッサンスに所属し、ウガンダ、ブルンジの二カ国で活動中。

<おまけ>

川島さんオススメの本

①『荒野に果実が実るまで -新卒23歳 アフリカ駐在員の奮闘記-』 田畑勇樹 著

 

②『途上国の人々との話し方 国際協力メタファシリテーションの手法』 和田信明・中田豊一 著

 

インタビューアー:JICA海外協力隊 難波・三宅(2024年2次隊コミュニティ開発)

ファシリテーター:ウガンダOV会 鰐淵(2015年1次隊食用作物・稲作栽培)

コメント


この投稿へのコメントは利用できなくなりました。詳細はサイト所有者にお問い合わせください。
bottom of page