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【JOCVインタビュー】瀬戸凌平さん(2023-2)~ウガンダで輝くコミュ開隊員の挑戦~

  • 2月6日
  • 読了時間: 9分

更新日:4 日前

「行動した先にこそ道は開ける」

ウガンダでのJICA海外協力隊(JOCV)、コミュニティ開発の分野で活動され、2025年10月に任期満了に伴い帰国された瀬戸凌平(せと りょうへい)さん。帰国直前の9月に2年間の活動のふりかえりとして、後輩隊員が任地に訪問し活動内容や赴任先での生活の様子をインタビューしました。 

Profile

瀬戸 凌平(せと りょうへい)

隊次:2023年2次隊

職種: コミュニティ開発

活動場所: Nkokonjeru(ンココンジェル)

配属先/活動内容:NGO「Reach Out Nkokonjeru Parish HIV/AIDS Initiative」/リーチアウトンココンジェル パリッシュ HW/ADS イニチアチブ

【協力隊員に聞きました!!】

~2年間の活動を振り返って~


──最初に自己紹介をお願いします!

2023年2次隊としてコミュニティ開発分野でJICA海外協力隊に参加しました、瀬戸凌平です。配属先はブイクウェ県、ンココンジェル、現地NGO「Reach Out Nkokonjeru Parish HIV/AIDS Initiative」です。活動内容としては、農村部の所得向上を目的として主に稲作栽培と収穫後処理、女性支援の一環でクラフト製作支援(バスケット、コースター作り等)、あとは養殖支援に取り組んでいました。

──活動において楽しかったことと苦労を教えてください

やはり、取り組みが目に見える成果として現れた瞬間ですね。稲作栽培では、収穫が現金収入につながり、農家の方々と喜びを分かち合えたことが大きな達成感でした。クラフト支援では、商品が継続的に販売先に置かれ、評価を重ねていただけたことに手応えを感じました。養殖分野でも、一過性ではなく、複数回の実施を通じて活動が定着していく過程を実感できました。

一方で、英語や現地語でのコミュニケーションは最後まで課題でした。赴任当初は、相手の話がなかなか理解できず不安や孤独を感じることもありました。首都研修期間中の語学研修ではルガンダ語(ローカル言語)を学びましたが、習得には時間がかかり、現地での対話に苦労しておりました。その上、首都研修期間中に実施される配属先との初対面時には、カウンターパート(協力隊を任地で支えてくれるサポーター)の強い訛りのある英語に戸惑い、自分自身の語学力のなさが露呈し、多くの課題があることを痛感しました。

農作業はすべて手作業で体力的に負担が大きかったですし、予算やスケジュールの変更により、計画通りに進めるための調整が必要になる場面も多々ありました。任国外旅行から帰国後、任期終盤の残り4か月には、配属先が突然、移転したと事後報告を受けることもありました。移転後も当初の任地で活動を継続できたことは良かったです。


──ウガンダに赴任してからのギャップはありましたか?

正直に言うと、最初、ウガンダに決まったときは少し戸惑いがありました。沿岸国や非英語圏で希望していたため、、「ウガンダ・・・」という気持ちが正直なところでした。ただ、学生時代にウガンダ国内の水・衛生分野を中心に研究している先生やその先生のご友人が専門家として赴任されていて、どこかご縁のある国なのかなと思っていました。専門家の方とは初めて参加したテニスでお会いしました。

いざ、赴任してみると、想像していたよりもカンパラに行く機会が多く、日本人と関わることも多かったのは良い意味でのギャップでした。隊員はもっと一人で任地にいるものだと思っていたので、他の隊員と関わりながら活動するとは思っていませんでした。特に分科会を通して他の隊員から刺激や気づきをもらえることは自分の活動においても役立ついい部分がありました。

また、一人で任地にいると、考え方や基準がどんどんウガンダ寄りになっていくのを感じました。野菜やお米の品質についても、「これでいいか」と思うようになっていた自分に気づかされる場面もあり、任国外で他の国を訪れたときに、その感覚の変化を実感しました。

活動面では、もっと機械があってスムーズに進むものだと思っていましたが、実際はほとんどが手作業で、道具も十分とは言えませんでした。物事が思うように進まないことも多く、「THIS IS AFRICA」を実感する日々でした。それでも、その環境の中でどう工夫するかを考える経験は、とても大きな学びになりました。

生活面では、任地ンココンジェルは水や電気が思っていたよりも安定(安定の基準もだいぶウガンダ寄りになっていました)していて、街に行けば必要なものも揃い、そこは良い意味で拍子抜けしました。最初はローカルな環境に戸惑うこともありましたが、今ではすっかり慣れ、あっという間の2年間だったと感じています。たくさんのギャップはありましたが、振り返ると「ウガンダでよかった」と心から思える、そんな2年間でした。


──活動のモチベーションの保ち方を教えてください

正直、この2年間モチベーションが落ちることは何度もありました。今でも、気持ちが少し沈むこともあります。そういうときは、無理に頑張ろうとせず、とにかく散歩をします。圃場まで歩いて行って、田んぼの真ん中に座って、ぼーっと考える時間をつくります。日差しが特に強い昼間は人もあまり来ないので、考え事をするにはちょうどいい場所でした。

それから、数か月に一度、日本の仲のいい友人に電話をします。近況報告をしたり、何気ない話をしたりするだけですが、それだけで気持ちがかなり軽くなります。特に仲のいい友人が2人いて、その2人と話すと自然と活動へのモチベーションが戻ってきました。

カンパラに出ることは、気分転換というより、活動や用事の延長という感覚でした。どちらかというと、自分にとって大きかったのはテニスです。昔から続けてきた、唯一ちゃんとできるスポーツで、現地でも一緒に打てる人がいたので、その時間が良いリフレッシュになっていました。テニスは、ウガンダで自分らしさを保つための大切な存在だったと思います。


【取材班からの一言コメント:『いろんな分野でたくさんの幅がある活動をしている瀬戸さんにも、活動でのギャップやモチベーションが下がる時期があることを知りました。様々なことを乗り越えて活動を続けてこられてきたことにとても尊敬しました。』


【カウンターパートに聞きました】~協力隊員との2年間~

カウンターパートが語る 瀬戸さんと共に歩んだ日々

瀬戸さんの活動先のカウンターパート(CP)にもお話しを伺いました。

(カウンターパートとは)

JICA海外協力隊(JOCV)が活動する中で、活動先の活動計画や実務で協力し、隊員を支えてくれる現地のパートナーのことです。

アンソニー・ティストさん

【プロフィール】

活動分野:教育・保健・孤児支援

出身:ンココンジェルで生まれ、ンココンジェル育ち

この仕事を始めたきっかけ:3歳前に母を亡くした孤児という貧しい境遇から、ンココンジェルの住民に奉仕したいという情熱が生まれた。周囲の深刻な貧困により、多くの子供たちが教育を修了できない現状を目の当たりにした。その現状を目の当たりにし、金銭を配る代わりに、農民を支援して経済活動を開始できるようにすることを選び、活動を始めた。販売用の米やトウモロコシ、豆の栽培などから、現在ではコーヒーやカカオの栽培支援も行っている。



──瀬戸さんの活動実績について、どのように評価されていますか?

彼は非常に素晴らしい成果を上げたと思います。彼は前任のボランティアであるシュンの後を引き継ぎ、既存の活動を着実に継続・発展させてきました。

例えば、陸稲品種「NERICA4」へのアクセス支援や、栽培技術・収穫後処理を学ぶための実証圃の設置です。これにより、多くの農家がより安定した収穫と収入を得られるようになりました。

普段は目立たない作業が多いです。家庭訪問や学校訪問、地域のニーズの確認など、日々の観察を欠かさないことが重要だと思います。理想は全家庭を定期的にモニタリングすることですが、以前は1年間全く訪問されなかった家庭もありました。その結果、ドナーへのレポートの質も十分でなかったんです。ですが、この2年間の彼の尽力で着実にそれらの懸念点についてアプローチできたと思っています。

──前任者の時代と比べ、大きな違いは何でしょうか?

一番の違いは、受益者の人数です。政府の新政策により湿地での稲作が制限され、陸稲栽培を選ぶ農家が増えました。その結果、瀬戸が関わる農家の数は大きく増えました。また、工芸分野でもより多くの女性を支援することができました。


──販路拡大にも力を入れたと聞きました

以前は限られた場所でしか販売できていませんでしたが、瀬戸はカンパラやジンジャへ販路を広げました。また、日本人ボランティアや交換留学生、専門家の訪問を通じて、新たな購入機会を生み出しました。こうした交流が、市場拡大につながったのです。



──コミュニケーション面はいかがでしたか?

非常に良好でした。彼はルガンダ語への適応がとても早く、現地の人々と積極的に対話していました。主にWhatsAppで文章によるやり取りを行い、内容を確認しながら丁寧にコミュニケーションを取っていた点も印象的です。



──間もなく帰国されますが、率直なお気持ちは?

とても寂しいです。ただし、彼が帰国後も彼の行ってきた活動を引き続き支援し続けることには合意しています。将来的に日本から工芸品の市場を広げるなど、新しい形で関わってくれることを期待しています。



──最後に、アンソニーさんから瀬戸さんへのメッセージをお願いします!

日本での生活から、農家や工芸品を作る女性たちと共に働く生活へ移ることは、決して簡単ではなかったはずです。それでも彼は2年間、誠実に現場に向き合い続けました。その献身と一貫した姿勢に、心から感謝しています。

また、彼を支えてくださったJICA関係者やボランティア仲間、そしてご家族の皆様にも深く感謝申し上げます。今とても寂しいです。


【取材班からの一言コメント:『カウンターパートとの信頼関係が垣間見える取材でした。瀬戸さんのことをカウンターパートがとても信頼して高く評価している様子が伝わってきました』】




──最後に 瀬戸さんにとってウガンダとは。

「人生の再出発点」です。


──瀬戸さん、インタビューありがとうございました!

取材班からのコメント

ブイクウェ県、ンココンジェルは自然豊かで、いわゆるローカルなウガンダが広がる場所です。今回、瀬戸さんの任地訪問をするにあたり約2年かけて信頼関係を築いてきたカウンターパートやクラフト製作をしている女性グループ、丹精込めて手入れしてきた稲作栽培の現場を見ることができました。多分野、多岐に渡る活動展開の中で、インタビューの中で苦労した場面で挙げられていた「言語力の不足によるコミュニケーションの難しさ」を取材班は感じることはありませんでした。瀬戸さんが活動で関わるウガンダの人達は、瀬戸さんへの信頼の元、お互いにより良いものにしようと意見を出し合っている様子をたくさん目にしました。新しい言語を協力隊の2年間でペラペラにする苦労は取材班も日々身に染みて感じていますが、瀬戸さんの話し方は「伝えようとする」ことと相手へのリスペクトを忘れないものでした。取材班は両者とも同職種のコミュニティ開発ですが、配属先や活動内容に差異はあっても、自身の活動に非常に通じる重要なものを見つけられたような気がしています。

取材にご協力くださった瀬戸さん、アンソニーさんはじめ活動先の皆さま本当にありがとうございました。


UG取材班:難波優奈、三宅草一朗(2024年2次隊)

文:難波優奈


 インタビュー日:2025年9月

 

Profile

名前:瀬戸凌平(せとりょうへい)

出身:茨城県牛久市

隊次:2023年2次隊(任期満了につき10月に帰国)

活動場所: Nkokonjeru(ンココンジェル)

配属先/活動内容:NGO「Reach Out Nkokonjeru Parish HIV/AIDS Initiative」/リーチアウトンココンジェル パリッシュ HW/ADS イニチアチブ


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